W・J・T・ミッチェル『ピクチャー・セオリー』:イメージとテクストの相互作用を解読する

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W・J・T・ミッチェル『ピクチャー・セオリー』:イメージとテクストの相互作用を解読する

それは単一のメディウムの様式史ではなく、問題志向的な「イメージ=テクスト批評」である。イメージを社会的な対象として捉え、それが制度や言説の中でいかに作動するかを検証する。

シカゴ大学の批評家 W・J・T・ミッチェル(W. J. T. Mitchell)は、1994年に『ピクチャー・セオリー』(Picture Theory)を出版しました。本書は80年代から90年代の彼の重要論考を集大成し、「イメージがいかに意味を生成し、テクストと相互作用するか」を分析するための学際的な言語を確立しようと試みたものです。視覚文化(ヴィジュアル・カルチャー)研究が成熟する上での画期的な一冊と見なされています。

中核的観点:「ピクトリアル・ターン」とイメージの文法

ミッチェルの論証は、主に4つの道筋に沿って展開されます。

1. 「ピクトリアル・ターン」:言語からイメージへの知的重心の移行

ミッチェルは、20世紀後半の人文社会科学が「言語論的転回」から「ピクトリアル・ターン」(Pictorial Turn)へと移行しつつあると指摘します。多くの理論と実践が、イメージを(単なる挿絵ではなく)問題の核心として扱い始めたのです。意義:研究はもはやイメージを文字の従属物ではなく、独立した知識生産のメカニズムとして扱います。

2. イメージ/テクストの3つの関係:image/text、image-text、imagetext

彼は3つの図文関係を区別します。対抗的な「image/text」(イメージと文字の緊張)、ハイフンで結ばれた「image-text」(相互補完的な共構築)、そして合成語としての「imagetext」(不可分な混成体)です。この三分法は、レイアウト、広告、展覧会のナラティブ、デジタルインターフェースを分析する構文的ツールを提供します。

3. picture / image の区別:物質的担体 vs. 仮想的形象

picture は具体的に触れられる「モノ」(キャンバス、写真、スクリーン)を指し、image は異なる担体上で再現・流通可能な「形象」を指します。結論:イメージを読解するには、その「物質性」(サイズ、素材、展示条件)と「観念性」(再利用可能な形象)の二層を同時に扱う必要があり、これはキュレーションやデジタル複製において極めて重要です。

4. 「メタピクチャー」:イメージについて語るイメージ

自己言及的であり、観ることや表象のルール自体を論じるイメージ(画中画、鏡像、図解など)を、ミッチェルは「理論が生成される現場」と見なします。意義:理論は作品に外付けされるのではなく、イメージの「内部で」実演・検証される。ゆえにイメージは対象であると同時に方法でもあります。

価値と影響:共通言語としてのツールキット

『ピクチャー・セオリー』の不朽の価値は、二つの層で理解できます。

  • 方法と道具としての価値:本書は分野横断的に使用可能な語彙を提供する——(a) 「ピクトリアル・ターン」による問題設定、(b) image/text 三分法による相互作用の記述、(c) picture/image による物質性と流通の区別、(d) 「メタピクチャー」による理論の内部的読解。
  • 長期的影響:本書は視覚文化研究の共通言語を確立し、美術史、メディア研究、物語論に長期的な影響を与えました。ソンタグ(倫理)やバルト(情動)の古典を「文法」と「関係図」の面から補完し、後の『イメージが望むもの』(2005)における「イメージの能動性/欲望」という命題への理論的種子を蒔きました。

『ピクチャー・セオリー』は我々に問いかけます。イメージを理解するには、それが「何に似ているか」だけでなく、いかにして文字、担体、文脈と「同盟」を結び、我々の理解様式そのものを変容させているかを問わねばならない、と。

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